[再録]

鈴木大拙
本当の宗教の体験の上から云うと、阿弥陀さんは、あるから信じるのではなくして、信ずるからあるのです。信ずることが出来るから在るのです。その絶対の受動性の中に這入ってくるから信ずるのです。受動性のものに動的性格が出てくるから、そこに一種の信なるものが出るのです。そうでなくて、 単に理論の上からのみ詮議立して、そういうものがなければならないから、信ずるというのでは、真の信ではないのです。それは知識という範囲をはなれぬのです。
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Author:tatsuzawatokyo
肩書き:代表戸締役 独りサク飯研究会員 所属政党:自由飲酒党 好きな唄:民生の「息子」 <<【東北人魂】仙台遷都、福島東北オリンピックの実現へ。>> 都心型仙人を目指してはいます

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