[再録]おすすめの街まとめ【東京】

おすすめの街まとめ【東京】
つづき
東京散歩者の多くが気付いていることだと思うが、どこの駅からも遠いエアポケットに、何かがある。(あった)

東京に越して10余年(たったの)、歩き込んだ街まとめ

・麻布十番周辺(南北線、大江戸線開通前)
大好きな街だった。ゆえに、東京の最初はここに引っ越した。

・三光豊沢商店会~恵比寿3
今は「北里通り」だったか 名店「とんかつ すずき」「三合菴」「きえん きえら」があった。

・四の橋
名店「ラビラント」

・神宮前二
名店「きばいやんせ」 現在カレー通に変化?

・西麻布
鉄板 名店多し

・芝二
・新宿一
シアターサンモール付近

・渋谷二(青学裏)
二丁目ではないが、もともと「カミニート」という飲食店の「磁場」がある。


共通の特徴としては、腕に自信のある飲食店や菓子店のオーナーが、あえて駅から遠いところに出店し、繁盛してその周りにさらに一癖もふたくせもあるオーナーが出店してゆく。

サルバトーレ・クオモは最初はチェーン店ではなかった。世紀末は東麻布の住宅街地下にぽつんとあった。あの頃、糸井重里事務所も東麻布に移ってきたり、東麻布は散歩者にとってはかなり魅力的な場所だった。何かが「蠢いてる」感じがした。

麻布十番の「動」に対する東麻布の「静」みたいな。(褒めすぎかな)

いろんな店のはしりだった(かなり「真似された」ということ)イタリアンレストラン「カメレオン」や和食の「万歴龍呼堂」もまだできていなかった。これらの名店ができたのは今世紀に入ってからだった、と思う。自信ないけど。

東麻布一丁目、飯倉のほうには、「イル・ピノーロ」はすでにあった。そしてねぎそばの名店「新華飯店」こちらは、老舗であるから70年代ぐらいからあったんだろう。

東麻布の最奥部、アメリカン倶楽部の崖の下には、太古の昔より東麻布を護ってくれている(笑)ホテル「アルファイン」があった。


で、サルバトーレなんだが。
麻布に引っ越してきて、母親が観光のため上京したときに、奮発してここで飯を食った。
そういうときでないと勢いでこれない、つーか麻布住まいとはいっても常にカネはなかったから。

そのときのことが忘れられない。
なんだろ。。イケメンの日本人の店員さん、何人かわからんがとにかくイケメン、だれもかれもイタリア語で注文を受け、繰り返している。そんな店初めてだったから。入店していきなり「ボナ・セーラ」なんてそれ以前いわれたこたねえから。(最近はそれ、ふつうになったね)

あの、店の活気。。決して下品でない。

そう、カンタンにいえばカルチャーショックだったわけね。

客は、何割かはイタリア系。マフィアみたいなヤツら。日本人の客はお洒落さんかいかにもといった金持ち風情。

客層が、よかったんだよ。とにかく。ワルそうなヤツもいたけど店の雰囲気をブチこわしてない。包容力があった。

フォカッチャのおいしいこと。フォカッチャなんてもん、生まれて初めて食べた。
ピッツァの存在(「ピザ」とは違うもの)は知っていた。なぜなら、そのちょっと前に、白金6丁目のisolaで生まれて初めて「クアトロ・フォルマッジ」を食べて、感動していたから。


イゾラも、あの頃はチェーン展開していなくて、白金だけだった。死ぬほどアクセスが悪かった。住宅街ですらない、白金の奥の奥の僻地。白金台にのぼってゆく交差点にはまだ杉の木屋スーパーがあった。
お好み焼き「甚六」は、あったかな。あったな、たぶん。


お会計は、思ったより高くなくてほっとした記憶がある。一人9000円ぐらいだったか。料亭みたいな値段を覚悟してたから。


なんか、つらつら書いてみたけど、こういうことって残しておかなきゃいけないような気がするんだよね。なんとなく。
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肩書き:代表戸締役 独りサク飯研究会員 所属政党:自由飲酒党 好きな唄:民生の「息子」 <<【東北人魂】仙台遷都、福島東北オリンピックの実現へ。>> 都心型仙人を目指してはいます

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