自分の人生の理想形

自分の人生の理想形
自分の人生の理想形があるとなぜよいかというと、とその話にはいる前にまず、それは別に、はっきりしていても漠然としていても、別に構わないんだよ。

いろんな本を読んでいるとね、とかく自分の人生の理想形をくっきり、はっきりさせよ、っていうのが多いんだけど、漠然としたままでも別になんてこたない。だって、理想形が「ある」んだもん。あるだけですばらしい。ないやつがほとんどのこの世の中で。

で、常にそれを意識して(漠然とした理想形であっても当然、「意識」することはできる)、現実をそれにアジャストしてゆく必要がある。まぁありきたりな言葉でいえば「目標を意識したトレーニング」だよね。

その手法なんだけど、それはなんとなく、わかってくるもんだよ。
別にさ、「なんとなく」でいいの。どうせ、絶対にマニュアル化なんてできないんだから。
マニュアル人間はここで脱落だよね。まーまー、もっとおおらかなキモチで取り組みましょうや。

なんでなんとなくかというとね、自分の理想形をもっている人間は、それからかけ離れたことをやっちゃったりすると、心がどんよりするんだよ。(「わかるわかる」という方もいると思うよ)

このサインをね、敏感に感じることが大事なんだよね。そうすっと「あ、『こっちの方向性』じゃないんだな」というのがわかる。

も少し上級編になるとさ、その自分の理想形に近づけるような行動をとると、心が「じんわりと暖かく」なってくる。

こういうのをバカにする人が多いんだけど、ま、勝手にすればって感じ。勝手に脱落していってください。


ところで俺はどうやら、この「アジャスト」がけっこう得意なんだろうな、というのが最近わかってきた。
陳腐な言い方をすれば「心のおもむくまま」に生きているんだろうね、結果的には。心のおもむくままっていうのがワガママではないのだよ。

それとね、俺が得意なんだろうなと思うのはこの「アジャスト」に特化したところだけであって、自分の理想形をはっきりさせることは、あんまり得意じゃないみたいだ。
でも、はっきりしなくとも今んとこ困ってないから、放っておいているのだが。

でも俺の意見はね、自分の理想形をはっきりさせることが最終目標じゃねえんだから、目標は、理想形に極限まで近づいてゆくことであってそのためにどうすればよいかを考える必要があるんだよね。
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肩書き:代表戸締役 独りサク飯研究会員 所属政党:自由飲酒党 好きな唄:民生の「息子」 <<【東北人魂】仙台遷都、福島東北オリンピックの実現へ。>> 都心型仙人を目指してはいます

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