また昔のこと思い出した!

今思えばオレの黒歴史というかw
新婚の頃求職活動してたわけ。けっこうキツいでしょその状況(苦笑

奥さんはパートだったかバイトだったか。。昼ぐらいに出て夜帰ってくる。それが週四ぐらいかな。
カネは、当然足りないから新婚からいきなり借金。マイナスのスタート(涙

確か週4~5で職安に通ってたのよね。しかも、複数の職安ね。ほら、昔の職安ってその土地ごとに求人が違ったから。

横浜住んでて東京の求人あさってたから、五反田とか? とにかく交通費もかかって。。
ぼろアパートだったんだけどオレが学生の頃から住んでいたアパートに奥さんが転がり込んできた形ね。つーかどっか広いアパート借りるつもりだったんだけどいろいろあってすべてが狂ったんだわ。。そのぼろアパートは引き払うはずだったんだが。なにせ1DKだからね。1DKの新婚生活。。

昼飯は。。食べないか、立ちそばとか牛丼とか。

っていう状況で、何を思い出したかというと(大した話じゃないんだけど!)、奥さんけっこうその状況にガマンしてくれてたのね。それは、よおくわかってた。
で、オレも、なんかわりーなーと思って、ごはんをつくる以外の家事はやってた。まあ子供もいないし、掃除洗濯だわね。

でね、たまたまオレ「待ち」の状況で出かけない日があったのよ。電話待ちだかで、家にいなきゃいけないでしょ。で、いつものように掃除したり、「パーン!パーン!」って布団干ししたりしてたらね。。その日たまたま、奥さんの機嫌が悪かったらしくて。。

「そんなことやってるヒマあったら、仕事探したら!?」って、ものすごく強い口調で言われたのよ。

今だったら「なんだとゴルァ」っていう流れになるんだろうけども(苦笑 オレその時期ってもっとも弱い立場じゃん? だから、黙っちゃったのね。反論もできず。
だってさ、見かけ上はちゃらちゃらと仕事も探さず布団干ししてるようにみえるかもしれんけど、電話待ってんだぜ?それって大事な求職活動じゃん。
とかそういう反論をぐっとこらえてさ。。「ぐっと」こらえたその日からオレの人生も「ぐっと」変わったのよ。
オレにとってはかなり大事な日だった。悪い面でいうと新婚当初から奥さんに対する不信感?反感?のようなものが目覚めて、それは今も変わってない。

もう20年近くになるけど、いまだに奥さんに対して「仕事してやってんぞゴルァ!」って心の中で毎日思ってるし、酔っぱらうと口に出すこともある。
給料渡すときは(一部は銀行にいれてるが一部は現ナマ渡し)「いつもありがとうございます」と敬語でいわれないと絶対に許せない。

100%言い訳になるけど、ホント、人に強くものをいうときは、考えたほうがいいよって。それが相手の人生を左右することもあるんだから。


で。。針の筵の上にいるような生活はたぶん1か月?ぐらいで終わり、ネットワークエンジニアの卵として働くことになり、なんだかしらんがたった1年強でプーから年収500万超えし。。(契約社員だけどね)

とにかく金にこだわった。すべてはその日の「そんなことやってるヒマあったら、仕事探したら!?」から始まってんのよ。奥さん含めた世の中に負けてたまっかよ、ふざけんなよっていうナニクソ根性。

で、借金返し終わる前にさらに借金を加えて、求職していた時期からおよそ1年半後に、強い反動で麻布の賃貸マンションに引っ越したわけで。
「麻布」じゃなきゃいけなかったのね。奥さんと世の中を見返すためには。

借金も、ふつーに考えるとよゆーで返せるはずだったのだが、何せ「反動」で(笑)。オレの稼ぎが家計の主になってくると、やっぱ羽振りよくなるじゃん(笑
だから、新婚当初に積み重ねてしまった借金は、なかなか減らせなかった。

以上。っていう話をこないだふと思い出した。もうすぐ20年になる。
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連弾を初対面の子とぶっつけ本番。

また思い出した!たぶん1、2度ブログに書いてるけど、ホント根に持ってるからw

小学校んときね、ピアノ習ってたんだけど、4年か5年の発表会?で連弾しろっていわれたわけ。先生と、親からもね。
しかもさー、他の小学校の同学年の知らない子とやれっつーわけよ。
オレにはそこでノーの回答をする権利は与えられてないわけ。

でさ、けっこう練習したよ、連弾のかたわれのほうの。
相手は先生がやってくれたんだけどさ。

で、相手の子が都合がつかねえだのなんだのいいはじめて、結局1週間前に一回こっきりリハーサルしようってことになって。

それだけでもかなり子供(オレ)にとってはムチャな設定なのに。。そのリハーサルに相手の子、こなかったんだよ!
体調不良かなんかしらんが。。

で、発表会っていう晴れ舞台で、初対面で、連弾だぜ?
んなもんできっかよって。小学生が。結局ボロボロ。今だからいうけど相手もそんなに練習積んできたって感じじゃなかったんだよね。。間違いなくオレよかセンスはあったような気はするけどな。

けっこう、オレ的には恥かいたら、もう完全にピアノに対するモチベはなくなったんだ。
それと教室とか親への不信感もね、澱のようにたまっていったような気がする。今考えると。


でこの話思い出すとね、セットで、宗方コーチの岡ひろみに対するスーパー無茶ぶりを思い出すんだなこれがw

ズブをいきなり大会に出させたりとか、いきなり外人とペア組むとかさ。。


ピアノに関してはなー。。いっちばん面白かったとき(小2か小3?)に、家でも練習して(オルガンで)、週に一度の教室でもむっちゃほめられて、けっこう練習進んじゃってさ。そしたら、練習もロクにしねえクズども(女子!)に妬まれてさ。。

「ひいきされてる」みたいな?陰口的な?
そういうの一発か二発だけで、もうやる気なくしたもんねオレ。

あの妬みがなければ。。って思うよね。とにかくオレの人生、周りの妬みそねみとの闘いだったから。だから、すくすくと育たなかったオレw

まわりの妬みと闘うなんてよ、人生でまったく!もって必要ないわけ。だから自分の子供らにはせめて、嫉妬がうずまく環境(学校)にはいれたくなかったわけよ。
別に難しいことはない。田舎のさらに郊外の公立小学校だとDQNの子息がわんさかいるからオレの子供なんざそのどら息子共にツブされちゃうから。

それだけは避けなければいけない、と。孟母三遷。

昔のこと思い出した!

ホントに、つまんない話。
20年前ぐらいかな。飲み会終わって横浜市営地下鉄に乗った。
深夜で、けっこうがら空きでね、で、乗ったら、座席になんかでっかい忘れ物が。
モノは、なんだったか。。とにかく、よくわからないメカ。それが、どーんと。

で、酔ってるのもあるし、興味あるじゃない。その忘れ物のとなりに座って、実際にさわって、これなんだろう?みたいな感じで持ったり横にしたり。。してたのよ。

そしたらさ。。今思い返せば50歳ぐらいの?学校の先生ライクなマジメそうなクソオヤジがさ、オレんとこ近づいてきて説教はじめたんだよね。

軽くムカついたからガン無視して(当時ガン無視という言葉はなかったがw)最寄りじゃない駅で降りたさ。うぜーから。

なんかね。。教条主義的な? とにかく説教だったの。んー、オレがそれを持って帰るとでも思ったんだろか?
オレんとこにつかつかと歩み寄ってきてさー エラそうに。。

いや、オチもないんだけどいきなり説教って無礼じゃね? みたいな。アイツら、つーか仮にヤツが先生だったとして、とにかく「先生」と呼ばれる人種はクズだなって確信したのかな、あの出来事で。
いや、先生じゃなかったかもしれないんだけどオレのキライなテイストをぷんぷんさせてたんだよね。説教のしかたが先生なんだわ。

先生、って呼ばれるようになり、そのことに対して当然と思うようになったら人間おしまいだよ。

中一んときの思い出

突然思い出した!
中一んときね、秋か冬かに、はじめて、全国的?全県的?な標準学力テストがあったのね。

で数学で一問、ヘンな問題があってね。オレ的には採点者に「挑戦」したわけ。
いや、クソ生意気だったオレは、採点者を「試した」というかね。

つまり、正答はわかっていたんだが(中一が答えそうな)、オレ的には別な手法で別な回答を導き出せることを知っていた。
つまり答えはふたつなのね。

で、答えをふたつ書いたらまんまと×だったわw
その答案用紙を持って数学準備室(つまり、数学のセンセがたまってる小部屋)にいき、複数の先生に、これ、正しいですよね?と確認し。。(全員が、正しいといってくれた)
その標準学力テストの会社?かどっかにかけあってくれ、と中一のオレは強気に出たのかどうか。。出たのかもしれない。そして実際先生は掛け合ってくれたのかもしれない。

でも結局覆らなかった。

この(オレにとっては)「事件」により、ますます世の中をナメてしまった?というかなんというか。。
やっぱこいつらバカなんだな、と。そのときの「バカ」の理由は「融通がきかない」ということね。先生とかそれに類する人種は杓子定規にしか動かないんだな、そうだとは思ってたけど、みたいな。確信をした。

けっこう勉強に対するモチベが低下して、それ以降ほとんど勉強しなくなったw


あ、別なとこにも書いたけど、似たような話で、高一のときテニスをホント一生懸命やっててね、一年生大会っつーのに出れたんだけど、2回戦かな?その地域で優勝したヤツと当たって、2-6で負けたのね。でそんとき、友達が審判だったんだけど大事なところでカウント間違いしやがって。。
おぼえてないんだけどたとえば15-15でオレのサービスゲームでオレが獲って30-15にすべきところを15-30にしたとか、そういう感じ。
その瞬間に抗議すりゃよかったんだろうけど、テニス経験者の審判がそんなアホな間違いするなんざこれっぽっちも思わんから流しちゃったんだ。でそのたとえでいえば、次にオレが落としたとしても30-30じゃん?正しければ。ところが15-40とコールされていきなりブレイクポイントになってさ、おいおいふざけんなって感じになるじゃん。でもそいつバカだから自分がカウント間違いしてることに気づいてないのよ、天然だから。
で、相手の強いヤツも、しめしめって感じだよね。勝ちたいんだから間違いはゼッタイ認めない。

で、そのゲームはまんまとブレイクされて、オレはもうやる気をなくし。。
そのまま部活まで辞めちゃったのよ。ほら、多感な時期だからww


多感な時期wってさ、そういう些細なことでがらっと勉強辞めちゃったり部活辞めちゃったりするんだよ。言い訳だけどw

あ、それでさ。。数学の話に戻ってなんでオレが食い下がったかというとね。
その一問、5点か10点か、配点忘れちゃったんだけど、もしそれを取ってれば総合で学年で一番だったんだよ!それを落としたがために3位まで落ちた。
どころか、それを取ってれば県で3番以内に入れたのだ!あわよくば2位だったかもしれん。

つまりオレの人生でもっともトップに近づけたかもしれないとゆーw それ以降二度と、そういうチャンスはきていない(嗤

ただしい行動をしてもダメなもんはダメっていう諦観をね、まざまざと、中一のときに植えつけられ。。それはね、トラウマ、ではないんだけどオレの行動規範的なものに大きく影響を与えたできごとだったんだ。

根岸のドルフィンで(嘘

大学に入ったばっかの頃「ドルフィン」っていうテニスサークルの説明会にいって、一回見学にいったんだよね。
先輩のカッコいいクルマに乗せられて、ちょっと離れたとこにあるテニスコートいって、軽く打たせてもらって。。超ヘタなんだけどいいね!センスあるかもとかおだてられ。。

でたぶん、つーか当然その後飲み会とかだよね。たぶん出席しただろうなその流れで。

で、楽しくなくはなかったんだけど、なんか今考えると、そのケーハクさに耐えられなかったんだと思う。
いやでもね、そのケーハクさに俺は憧れてたんだよ?田舎から上京してきてさあ。憧れてたはずなんだが。。

そのあとは一回もいってないたぶん。結局何にも属さず、オカタい塾講と家庭教師のバイトをした。
長期休暇時もちょこっと短期のバイトとかやって、大学1年のときは小金持ちだったw
だからバイクを買った。買ってすぐ事故って、つーか同じバイクで2回事故ってバイクもやめた。

あ。。話変わるけど、2年になったときに、地元で浪人してたヤツが続々状況してきたのね。で、ことごとくそいつらの入った大学に遊びにいって、ことごとくサークルの説明会に参加してたなあ。飲み会にも出たかな?素性隠してww
「友人です!すみません!とかっつってタダ酒くらって。

だからなんだろう。。何が書きたかったんだろう。直感には従え(?)。なんとなくイヤだなあとかそういう「感じ」を感じるときはそれに従ったほうがいいのは、確かだね。

なんとなく、つーかかなり強めの違和感を感じていることを続ける必要は「あまり」ない。
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肩書き:代表戸締役 独りサク飯研究会員 所属政党:自由飲酒党 好きな唄:民生の「息子」 <<【東北人魂】仙台遷都、福島東北オリンピックの実現へ。>> 都心型仙人を目指してはいます

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