昔話の深層

昔話の深層

昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社プラスアルファ文庫)昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社プラスアルファ文庫)
(1994/02/15)
河合 隼雄

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われわれ心理療法家のもとに訪ねてくる多くの人は、(略)その人がそれまで信条としてきたことがくずされ、どのように生きてよいかわからなくなる。そこで、われわれ治療者に相談して、何かよい生き方を教えてもらおうと来談する。これに対して、われわれのできることは、「無為」である。そして、これこそが最上の方法なのである。

自分で解決を見出せず、治療者もたよりにならぬと知り、まったく行づまってしまったこの人は、退行現象を体験しはじめる。今まで、無意識のほうから意識のほうに流れていた心的エネルギーが、逆に意識から無意識へと流れはじめるのである。

これは今まで意識に依存してきた規範にたよれなくなったので、それに対立するものが無意識内に形成され、この対立のために心的エネルギーの流れが乱されて、むしろ逆流を生じたのである。このとき、この個人はまさに「怠け」の状態になる。あるいは行動するとしてもきわめて馬鹿げたことか、幼稚なことをするにすぎないだろう。

心理療法家としては、このような退行現象に耐えていると、その頂点に達したと思われる頃、エネルギーの流れの反転が生じ、それは無意識内の心的内容を意識内へともたらし、そこに新しい創造的な生き方が開示されてくるのを見るのである。

(略)ユングは、(略)退行には病的なものと創造的なものがあることを主張した。

(引用終了)

「治療者もたよりにならぬと知り」「今まで意識に依存してきた規範にたよれなくなったので」という、ある種強烈な「諦観」の経験が、きわめて大事であると思うのです。
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祭り

昔は祭というものが、人間の深部にあるものを一挙に表面化し、各人はそれなりに自分の実存的な存在感を確かめることができた。現代はそのような本来的な祭の体験をすることがほとんどない。このため人間の祭への希求の衝迫は一般に「病」とか「異常」とか言われるような行動となって表出される。河合隼雄

[重要]通じてるということ

河合
これもよく言う例ですけど、ばっと感激したらだめなんですよね。高校生の難しい子だから、なかなか上手に話ができないんですよ。すぐ黙ってしまって。ほとんど会話がなくて、これは僕の力ではだめや、思うてね。心に届いていないように思って、不安になって、「来週来られますか」とたずねたら、にこっとして「はい」と言うんですよ。じゃあお待ちしてますと言って帰したら、お母さんから電話があって、ずっと学校行ってなくて、ものすごう沈んだ顔してましたけど、今日は明るい顔をして帰ってきました、って。お母さんはびっくりして、「あんた今日どんな人に会ってきたん?」と聞いたら、「すっごいいい人に会った。高校生の気持ちをあんなにわかる人はいない」って。内容的には何も言ってないんですよ。でも本人のなかではそういう体験をしている。高校生でうまく言葉にできないから、「この人は下手に心の中には侵入してこない」というふうには言えないからね、わかってもろたと言ってる。別にわかったわけじゃないんですけどね。それが通じているということが、ものすごく面白い。
鷲田
通じてるということ自体、どうしてわかるんですか。
河合
そういう人こそ、すごく勘が鋭いんですよ。たとえば、腰が痛かったら、立ち上がるという動作がすごくよくわかるでしょう。どんなに腰を使っているかということが。腰が痛くなかったらわからないですよね。それと同じことで、痛みのある人はすごい鋭敏にわかるんですよね。それがまた我々の一つの安心感なんです。通じるはずだというのがあるから、こっちもやってられる。
鷲田
感情移入とか、気持ちが伝染するとか共鳴するとか共感するとかいいますけど、それは言葉の問題なんですか、それとも身体の問題?
河合
言葉のレベルはもう超えてますね。高校生で、学校に行ってないことぐらいしか喋ってないですから。それ以上何も言ってませんから。僕は苦しいですとは絶対言わないですからね、そんな子は。だから、僕が学校に行かない苦しみをわかってくれたなんて言えるはずがない。だけどその人の体験としては、ものすごくよくわかる人に会うてきたと思ってるわけ。それは言語表現以前のコミュニケーションとか、関係とかといわざるを得ないんじゃないでしょうか。僕らにとってはそれはすごい大事だと思います。
(略)
犬は言語を持ってないから、ぱっとみてどっちが強いとか、匂いとか、ありますね。僕は人間もそれ持ってると思うんです。ものすごく退化してるけど。僕ら臨床家はその能力をフル回転させないとだめなんじゃないか。動物的な勘みたいなところに頼る。それは訓練によって相当できるんじゃないかというのが、僕の考え方です。
鷲田
具体的にはどういうことですか。
河合
やっぱり患者さんに会うことですね。会って、しょっちゅう反省してるわけですよ。一回一回勝負ですからね。たとえば、来られた方に「今日でお会いするのが終わりです。最後のご挨拶に来ました」と言われたとき、それは本当に覚悟してきたのか、そういうふうに言っておられるだけなのか、それを読むのは勘しかないわけです。勘で賭けていくしかない。それは僕は磨かれると思っているわけですよ。
鷲田
相当なリスクを。
河合
そう、相当なリスクを抱え込みながら、見ていかないと仕方ないわけで、それでもし失敗したら大変なことになるわけですね。ちょっと本にも書いてますけど、僕がまだユング研究所で駆け出しの頃、スイス人と会ってて、その人が自殺未遂をするんですよ。(略)ものすごいビックリして、僕のスーパーバイザー、指導者のところに行ったんです。その人は普通はそんなことしないんだけど、自殺未遂されて危ないから、自分が直接会うと。直接会ったスーパーバイザーに「どういうふうに言われましたか」と聞いたら、「あなたは自殺するということはすごいことだと思っているようだけれど、自殺なんて人間の歴史始まって以来いくらでもある。なにも不思議なことでも、勇気のある人がするわけでもなんでもない。ただし、今されると河合が迷惑するから、河合と縁を切って関係ないことにしてからやってくれ」と。で、どうぞおかえりください、といった。絶対死なないという確信あるわけでしょう。それで死んだら大失敗だけど。それ聞いて、「いいこと聞いた。誰か自殺したいという人に言うたろ」思うてたら、絶対だめですよ。それはその人の、そのときその場だけの真実でなければだめでしょう。だからそういう、賭けなわけですね。そういう言い方で、こっちも賭けてるぞというのがわかるわけですね。(略)その、のるかそるかいうところって、わかるでしょう。勘だけかというと、そうでもないですよね。経験もあるし、理論もあるわけでしょう。

鷲田清一さんとの対談

鷲田(清一)
こうやってコミュニケーションというか、会話しているときでも、つい相手の漏れてくる言葉が待てなくって、先に、これはこういうことなんじゃないの、とか、解釈してしまう。迎えに行くという言葉ではいえなくて、先にじれったくなって。
河合(隼雄)
やはり掴むんですよ。
鷲田
掴むことで聴けなくなってしまう。(略)先生でも、聴けない、なんて思われたことはあるんですか。
河合
それはやはり長い修練の結果でなくなってきたんです。(略)長く長くやってきたから、ふわーっと聴けるんですけど。それは本当に長い修練ですね。初めのうちは、聴くより先に言いたくなっちゃう。
鷲田
やはりそうですか。
(略)
相手から言葉がもれてこないで、沈黙に耐え切れないで、ついその沈黙を破る言葉を入れますけど、それはしてはいけないと言われまして。どうするんですかと聞いたら、ワンクッションおいて「今何考えてました?」って、ぽつりと訊いたらいい、と。なるほど、臨床の先生はすごいなあと思ったんですけど、それがメソッドになったらだめで。
河合
だめですね。
鷲田
「今、何考えてました?」と言っても、かえって見透かされて。
河合
そう、それは聴かれた方は非常に腹立つでしょうね。相手によって違いますしね。ただ、大まかにいえば、相手が出してくれた世界の、そこから私は勝手に出ない、と思っていたらいい。たとえば相手が「僕は高校生です」と言うでしょ。だまって聴いてるふりしながら、心の中では喋ること考えてる、それではだめで、そこに生きていないとだめ。生きてるいうことは、やっぱりちょっともの言わんと、生きてられない。そのときに、向こうの提示した世界の外のことは言わない。「いやあ、高校生でしたなあ」とか言うてるわけ。「そうなんですよ、高校が嫌いで」とか言うたら、また入れるでしょう。難しい子は、「高校生ですね」「はい」で終わる。続かへんのです。そのときに「なかなか学校に行けなくてねえ」と引きうける。それは本来向こうが言うことでしょう。僕らの言葉は、どっちが言うてるのかわからないような言葉になってる。あなたは学校行ってないんですね、じゃなくて、いやあ、学校行けへんなあ、みたいな。そうするとだんだんそういう世界に入ってくるから、ふっとものを言いたくなるんですね。言ってくれたら、それについて行けばいい。でも、そこまでがなかなかできないんです。外からもの言うのは楽でしょう。「学校行けないのはいつからですか」とかね。「もう二年ですか、長いですなあ。そろそろ行ったらどうですか」なんて、向こうが言うてないのに、こっちがどんどん言ってしまうわけですよ。
鷲田
そういうクライアントの外から出ないということで、クライアントが逆に、自分の意志を幽閉しているところからポロッと出る機会を与えられるというわけですか。
河合
そうそう、一緒に言うわけだから、相手も出やすいわね。パッと出たら、また着いて行けばいい。そうやって世界は広がって行くわけですよ。
鷲田
ああ、それでわかりました。ある介護施設の方が、昔学者だった痴呆の方が「講義に行くから」と言うので、「何時からですか、授業は」と合わせた。相手の方のその世界に入って言うから、相手の方も「いえ、もう退職してます」と言う。
河合
そうなんです。こっちから入っていくと、相手は外から見ることができるわけですから。客観化できるわけですよね。だから「いや、そんなんじゃないんですよ」と言える。
鷲田
すごい、妙な世界。
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肩書き:代表戸締役 独りサク飯研究会員 所属政党:自由飲酒党 好きな唄:民生の「息子」 <<【東北人魂】仙台遷都、福島東北オリンピックの実現へ。>> 都心型仙人を目指してはいます

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